2009年 09月 28日
台湾人生 ’08 日本

ずっと見たいな~と思っていたこの映画
映画というより ドキュメンタリー
花蓮の山間の畑での茶摘みのシーンから始まる
このドキュメンタリー 音声とか作りは 自主製作に近い感じで
とてもシンプルで いかにもローコストな作り
だけど 主人公は 日本統治時代の80歳を迎えようとする
一般の台湾の人たち5人 あくまでも彼らにのみスポットは当たる
詳しく: 公式HP *音が出るので注意
彼らは 自分たちの 時代と国に翻弄された人生を
淡々と そして懐かしむように そして熱く
時に声高に ありのままの気持ちを述べる・・・
涙が出たシーンが何ヶ所か・・・
原住民で初の国会議員となったタリグさんが
高雄に住む息子一家を訪ねるため乗った電車の中で歌う
”新高山に・・・”という歌
全く知らない歌なのに 何で 日本から離れた台湾で
この老人が 何故こんな風に日本語の歌を歌ってるのか?
そう思っただけで 目頭が・・・
そして 勉強がよく出来る女学生だった陳さんの小学校の同窓会
日本語の挨拶から始まって さぁ皆で校歌を歌いましょう!と
日本語で校歌を歌うシーン これまた・・・
そして 二二八記念館や総督府で 日本語の
ボランティアガイドをしている 温厚なシャオさん
彼は毎日今でもNHKを見ているという・・・
弟を白色テロで亡くした経験から
その資料が展示してある部屋だけは 私は案内
することができないのです・・・と喋るシーン
そして 自分のためではなく 国の為に
日本の軍事整備工場へ行き 敗戦で 突然日本から見放され
敵国のもの 人間となってしまった 台湾と自分の人生を
感きわまって喋るシーン 日本人に対しては何も思わないが
日本の政府に対しては言いたい・・・!と
そして この方も穏やかな宋さん
経済的に学校を続けるのが難しくなった時
担任の日本人の先生が そっと自分にお金を差し出し
そのおかげで なんとか勉学を続け 今の自分がある
先生のような先生になると 自分も教職に就き
未だに年一回 先生のお墓参りのため
千葉へ行き 孫娘と一緒にお墓へ参るシーン
どうのこうの言っても 生きてる間に 時代の事情で
国籍が変わるなんていう経験のない自分には
想像できない苦労を味わってるであろう台湾の人たち
このドキュメントでも 日本語 台湾語
北京語 客家語 原住民の言葉 が行き交い
多様なバックグランドを持つ 南国 台湾・・・
淡々と・・おだやかに
私たちは血統的には 違うけれど
自分たちは日本人だと思っている
あの当時の日本の精神が私たちにはある
だからこそ 急にその日本から
捨てられたことが本当に悲しい・・・
南国台湾に生きる この人たちの複雑な人生
エモーショナルで その時代を知らない私もいろいろ
考えさされたし あちこちで涙が出ました
正直 ドキュメントの出来は たまたまこの夏
出張先のホテルで夜に見た 何年か前のNHKBSのドキュメント
(俳句を通じて 日本とつながっていたいという やはり
その世代の台湾の人たちのお話) の再放送の方が
圧倒的に出来はよかったけど このドキュメントでも
この台湾の人たちの人生・語り口はリアルで
静かで熱く 誠実なのはまったく同じだった
この映画を撮った女性監督も 彼らの生きた言葉・人生を
こんな風に撮っておきたかったんだろうと思う
今日の映画:77点
ジェイ・チョウの初来日公演 の時
客席に居られた ジェイのおばあちゃんが
”日本の歌を私が教えました。これからも孫をよろしくお願いします。” と
日本語で ご挨拶されていたけれど
ジェイのおばあちゃんも まさにこの年代の人なんですね・・・。
この映画でも ”桃太郎”の歌の話題が出ていたけど
ジェイもあの時 ”桃太郎” を歌っていたなぁ・・・
そして 台北のお寺で ”雅子様は離婚されたんですか?”と
日本語で話かけてこられたご老人・・・
このドキュメントを見ながら そんなことも思い出してました
by acine
| 2009-09-28 18:45
| Asia アジア映画